知床硫黄山の溶融硫黄噴火

知床硫黄山が最期に噴火した1936年は、当時北海道帝国大学の助教授だった渡邊武男氏のグループや更科源蔵、徳田貞一といった人たちが現地を訪れ、溶融硫黄噴火のようすを記録している。特に渡邊武男氏は、綿密な調査を行い詳細な記録と90枚を超える多くの貴重な写真を残している。彼らが現地を訪れた時は、噴火が始まってしばらくたっており、すでに現地には硫黄鉱山関係者が入って採掘を始めていた。

上の写真は1936年当時の1号火口(新噴火口)付近の硫黄流のようす(渡邊・下斗米1937)。1号火口はこの写真では尾根に隠れて見えていないが、白い噴煙の上がっているところの真下にある。

このカラー写真は2017年7月25日に上の白黒写真が撮影されたのとほぼ同じ場所で筆者が撮影した。81年前に枯れ沢を埋めていた硫黄は採掘されてすっかり無くなってしまっている。

写真の右側の深い谷はカムイワッカ川で、もっとも右側の中央部にカムイワッカ川の源流(カムイワッカ源流温泉)がある。右下隅から中央に向かってのびる溝状の枯れ沢は、「火口沢」と呼ばれ、かつて硫黄が流れた沢である。この枯れ沢は、下流では(右下の方)カムイワッカ川に続いていて、硫黄はカムイワッカ川に流れ込んだ。この沢の右岸(写真では手前)に平行して登山道が通っており、登山道の岩肌に当時の硫黄を見ることができる。

写真中央部の窪地は「大広間」と云い、噴火当時は、ここで硫黄流が分岐してもういっぽうはカムイワッカ川に流れ込んだ。火口沢の右側のハイマツ帯は帯状の溶岩流で、空中写真でこのあたりを観察すると、大広間が溶岩流の一部を切っていることから、大広間は陥没した地形であることがわかる。

(渡邊・下斗米1937)
カムイワッカ川に流れ込んだ硫黄。上のカラー写真の右に見えているカムイワッカ川は、1号火口周辺では垂直の崖にかこまれており、その崖を硫黄が流れ落ちた。ここでカムイワッカ川に流れ込んだ硫黄は、この下流で火口の沢を流れた硫黄と合流し、さらに流れ下る。

(渡邊・下斗米1937)
1936年当時のカムイワッカ湯の滝付近。現在はすっかり自然に帰ったが、1936年当時は、湯の滝付近にトロッコの線路が敷かれて採掘した硫黄を右岸の平地に運んでいた。

カムイワッカ湯の滝は、この写真の中央やや左の硫黄が段差を形成しているあたりにあり、湯の滝は完全に硫黄に埋まっている。現在、トロッコの線路は無いが、線路が敷設されていた地形や硫黄の集積所であったと考えられる平地や石垣は現在も残っている。


カムイワッカ湯の滝の過去と現在。
カムイワッカ湯の滝はカラー写真の中央部の陰になっているあたり。滝の左上の岩場から強酸性の温泉が湧出し、上流で湧き出した温泉と混ざって滝を落ちる。滝つぼではちょうどよい湯加減になっている。

1936年当時はこのあたりも硫黄で埋まっていた。中央左よりの岩は、過去と現在の写真で同じ岩が写っているので、硫黄がどれくらいの高さまであったかおおよそわかる。

カムイワッカ湯の滝へは、カムイワッカ橋(駐車場がある場所)から沢を登ること30分ほどでたどり着ける。途中いくつも滝や岩場があるので、無理をせず登ってほしい。水が強酸性の温泉なので、水流のあるところは滑りにくい。また靴を脱いで靴下で登ると滑りにくい。

水は強酸性なので、カメラなどの電子機器が濡れると故障の原因になるので、ペットボトルなどで真水をもっていって、カメラの操作をするときは強酸性の水を洗い落とした方がいい(と私は思う)。

カムイワッカ湯の滝(2005年)


カムイワッカ川河口付近の海岸のようす(1936年)(渡邊・下斗米1937)。
「カムイワッカの滝」は、海岸の崖から落ちる滝で、ウトロから観光船にのると見ることができる。陸から見る場合は、知床硫黄山の登山口から車道沿いに100m進んだ右カーブのあたりから海の方へ向かって笹の茂みを入っていくと、鉱山時代の道に出るので、その道に沿って降りると行きやすい。ただし、崖周辺は樹木や草木で覆われているので、足元には注意が必要だ。

1936年の噴火では、溶融が溶岩のように流れる溶融硫黄流の他に、激しい噴気や爆発で飛ばされた溶融硫黄が粉上になって火口周辺に堆積した。それが、火口から噴出した大量の温泉水によって押し流されたものがカムイワッカ川河口周辺の海岸に砂礫硫黄として堆積した。この写真のように、砂礫硫黄の砂浜が形成されていた。この硫黄も採掘の対象となり、現在は見ることができない。硫黄の砂浜にはトロッコの線路が敷設され、砂礫硫黄が山積みにされているようすがわかる。


このカラー写真は、2014年7月24日に索道の駅跡の石垣から撮影したもので、カムイワッカの滝が左中央部に若干写っている。上の写真と比較して明らかなように、現在は砂礫硫黄は全く見られない。上の白黒写真と比べると、共通の岩があるので、この写真でどこまで硫黄が堆積していたのかを確認することができる。

海中に見られる黄色い濁りは、カムイワッカ川の水と海水とが混ざってできた小さな沈殿物であると考えられる。鹿児島県薩摩硫黄島でも海水変色があり、温泉と海水の混合で変色が起こることが解明されている(Nogami et al 1993)。



文献:
●Nogami K., Yoshida M., Ossaka J., 1993. Chemical Composition of Discolored Seawater around Satsuma-Iwojima, Kagoshima, Japan. Bull. Volcanol. Soc. Japan. Vol. 38. (1993) No.3, pp. 71-77
●渡邊武男・下斗米俊夫、1937 北見国知床硫黄山昭和11年の活動 北海道地質調査会報告第9号 p37

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