浅間山山頂火口へ行く

浅間山は山頂の釜山火口から常に火山ガスを吐き出している。麓から山頂を見上げると、いつも白い煙を出している。これは火山ガスの中の水蒸気が冷たい空気にふれて湯気に変わったものだ。2004813日、ドキュメンタリービデオの撮影のため、峰の茶屋から山頂登山に挑戦した。

 浅間山には前日の夕方到着したので、車の中で一晩過ごした。この日起きたのは夜が明けてすぐだった。朝はきれいな青空が出ていたので、浅間山の全体写真の撮影を行った。そんなことをしていると、あっという間に時間はすぎてしまって、いつのまにか11時を回っていた。結局、峰の茶屋を出発したのは午前11時45分のことだった。

 山道を歩き始めてしばらくは比較的平坦な道が続いた。しかし荷物が重く、リュックのベルトが肩に食い込む。峰の茶屋から山頂までの標高差は1100mあるので、十分な装備が必要だ。火口の底に溶融溶岩が見られることがあるというが、それを撮影する場合は夕方薄暗くなってからがいい。そうすると帰りは夜道を下山しなければならないので、懐中電灯がいる。懐中電灯はポケットに入れるタイプのものと、大きなものを1つずつ、それと予備の電池を用意した。水は2リットルのペットボトルにお茶を入れてリュックに入れた。カメラはデジタルカメラが1台、フィルム式カメラが1台、それとビデオカメラを1台用意した。それに三脚も。あと、カッパも用意したが、帰りこれが大変重宝した。これだけリュックに詰め込めば、大変な重さになる。最初の平坦な道でもうバテ気味になってしまった。

 平坦な道をすぎると急な斜面に変わる。ただの急勾配だとさほど苦労もないが、ここの急斜面は違う。直径1センチくらいの軽石の砂利道なのだ。11歩踏みしめようとしても、ずるずると滑ってしまう。まるでアリ地獄を裏返しにしたようなものだ。歩けど歩けどずるずる滑る。1歩前進しても足が後ろに滑ってしまうので、実際には半歩くらいしか進めない。かなり歩かないと前へ進まないのだ。

 浅間山は山頂でも2600mなので、さほど高くはないのだが、それでも1000mを越える高山だ。空気は薄い。空気が薄いと非常にしんどい。荷物が重いこと、空気が薄いこと、アリ地獄のように足がずるずると滑ってしまうことで、とにかく疲労は極限にたっする。しかし火口を見るまでは引き下がるわけには行かない。

 森林限界をすぎると、木は急になくなる。そこから上はまるで牧草地帯だ。小浅間山という溶岩ドームが背後に見えるが、だんだん小さくなって、しまいにはイボくらいの大きさになる。

 リュックの重みが肩にかかる。5分ほど登ると10分ほど休憩する。ぼくは空気が薄いところは苦手だ。こんなことを繰り返して、延々5時間も登り続けた。

 山頂まであと100mほどのところで、一旦平坦なところに出る。ここはもともと火口だったところだ。この辺りから大きな噴石が目立つようになる。噴石はマグマからできた本質岩片と呼ばれるものだ。灼熱のマグマが噴出して固結し(固まること)、岩になったものだ。1000℃くらいもあるマグマが地表の空気に触れて冷える。マグマが冷えて岩石になるとき、体積が収縮する。そのときに表面から中心に向かって摂理という割れ目が入る。だからこのへんにある岩石は放射状の割れ目が見られる。

 この辺りから火口から流れてくる硫化水素ガスの匂いがきつくなる。火山ガスだ。硫化水素は腐った卵のような独特な匂いをもった毒ガスだ。火山地帯ではよくこのガスが噴出している。たまに観光客がくぼ地でこのガスを吸って死亡することがある。

 浅間山の火口からは亜硫酸ガスも出ている。ぼくが歩いていた登山道は山頂方向に向くと、この時間日光に対して逆光になる。火口から立ち上る白い湯気の中には亜硫酸ガスも含まれていて、それが太陽の光で青白く見える。

 麓から見ると火口から白い煙が出ているように見えるが、白く見えているのは煙りではなく湯気だ。火山ガスはマグマからでてくるもので、主に水蒸気で、二酸化炭素や、硫化水素、亜硫酸、塩化水素などのガスを含んでいる。こういったガスが水に溶けると酸性になるので、火山地帯の温泉では酸性の湯が沸くことが多い。

 平坦なところから山頂へは落差にして100mくらいだ。ここから先は、火口からの火山ガスが流れてくるので、細心の注意で登らねばならない。登山道はちょうど風下側にあるので、まともに火山ガスを受ける。しばらく行くと硫化水素の卵が腐ったような匂いが非常にきつくなった。亜硫酸ガスが目や喉、鼻に入って刺激を感じるようになる。白い湯気が流れてくるときはできるだけ息を止めて登る。

 火口の縁に出た。巨大な穴から大量のガスがものすごい白煙とともに立ち上る。とにかく目が痛い。喉が痛い。鼻の奥が痛い。とてもじゃないが、こんなところには居てられない。急ぎ足で火口を時計回りに回って風下のガス雲から脱出した。

 火口は200mから300mもの垂直の崖で囲まれている。ここに来る前はできたら火口の中に入ってみたいと思っていたが、まったく論外だ。火口の縁から45度くらいの傾斜が火口側に続いていて、そこからまっすぐ垂直に崖が落ちている。火口縁から一度転がりだしたら止まらないだろう。カメラや荷物を落とさないように細心の注意が必要だ。

 ここに来た目的はドキュメンタリービデオを作るための映像を撮影するためだ。しかし、白い湯気に阻まれて火口の中がほとんど見えない。とはいってもせっかく登ってきたのだから、とにかくビデオを回して撮影を開始した。

 しばらくすると、なぜか白い湯気が薄くなってきた。そして火口の底が見えるようになってきたのだ。底ではシューというジェット音がしてガスが噴出していて、噴気孔の周りには黄色い硫黄が多量に付着していた。火口のいたるところにそんな噴気孔があって、ガスを噴射している。

 白い煙の合間から赤いものが見えている。赤く成るまで熱せられた岩石だ。後で知ったのだが、500度以上あるらしい。これだ!これを撮りにきたのだ。オリンパスのデジタルカメラを火口の底に向けてシャッターを切る。周りは薄暗くなってきていたので、かなりシャッター速度が遅くなるので、三脚に固定して撮影する。デジタルカメラを三脚から取り外し、代わりにビデオカメラを取り付け、溶岩を撮影した。オートフォーカスは雲のようなつかみ所のないものに弱く、白い湯気が前を横切るたびにピントが合わなくなってしまうので、ピントが合った瞬間にオートフォーカスを切って手動に切り替える。幸いうまく溶岩を撮影することができた。

 赤い太陽が山の向こうに隠れ、日が暮れた。高い山の上では下界より日が暮れるのが遅いが、一旦太陽が地平線の向こうに入ると、急に暗くなる。なぜかそれまでほとんど無風状態だった。どういうわけか、日が暮れると変な風が吹き始めた。それが火口の中に向かって吹くので、火口へ吸い込まれそうだ。風除けにカッパを着ているというのにすごく寒い。それに火口の中は再び白い湯気で一杯になってしまった。赤い溶岩が見えなくなったばかりでなく、ジェット音も聴こえにくくなってしまった。辺りはかなりくらくなってきていた。もっと粘って撮影をしたかったが、変な風が吹いていることだし、完全に暗くなるまでに火口からはなれないと足を踏み外してしまうかもしれないので、下山を開始した。

 火口を反時計周りに歩き、さっき登ってきた登山道を探した。登山道の入り口は風下にあるため、まともに火山ガスの雲の中に入る。薄暗くて懐中電灯なしでは何も見えない時刻に火山ガスの中に入っていくのはかなり勇気がいる。ガスの中に突入したとたん、目や鼻の奥、喉が痛くなる。白い雲が来ると息を止めて、雲の切れ目で息をするが、そんなことをしてもあまり効果はなかった。歩いても歩いても登山道の目印になる木の柱が見つからない。ガスはほとんど切れ目なくやってくる。

 やっとの思いで、暗がりの中に登山道を見つけ、大急ぎで斜面を駆け下りた。火口のすぐ下の平坦なところへ来ると、ガスはほとんどこなくなっていた。上を見ると満天の星空が広がっていた。のんきなことに、記念にさそり座を撮影して、真っ暗な登山道を3時間かけて下山した。

 
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こんな恐ろしい火口を見たのは
  はじめてだ

2004年8月13日18時58分
山頂火口南側縁から火口底を撮影
白熱した溶岩が見られる。温度は500度以上あるらしい。

火口は非常に大きく、広角レンズを使用しても視野に収まりきらなかった。何枚か撮影して合成してもよかったが、歪が生じるので、あえてしなかった。
2004年8月13日17時37分
火口南側縁から火口西部を撮影

火口から西の山を撮影
(写っているのは浅間山ではありません)
すばらしい夕日だった。

釜山火口からガスがほとんど届かない前掛火口まで下山したところで、ほっとしていたとき、南の空にはさそり座が上っていた。記念に撮影したら、意外にも良く撮れていた。
 ここから先、3時間かけて懐中電灯を片手にずるずる足を滑らしながら下山した。

山頂にかなり近いところから
上ってきた登山道を撮影
さほど大した道に見えないが、
軽石や火山礫でズルズルすべるし、
空気は薄いし、かなりキツイ

9合目あたりから撮影
噴煙の影が写真の
左下から右上にかけて見られる
8月13日15時24分撮影